ゲームにおける文化的環境を探求し、そこからクリエイティブを見つけ出す実験的アートプラットフォーム「NC ART PROJECT」。当プラットフォームを通して「ゲーム」という複雑な概念を細分化して根源を考究し、新たな概念に拡張していく実験的なプロジェクトです。
最初の『次元の混合(Mixed Dimension)』はNCのゲームの世界をデータに換算して芸術の形にした作品です。ただ単にビジュアルエフェクトの見た目だけを重視したのではなく、すべてのアートワークの根幹には数え切れないほどのデータがあります。
今回はゲームをどのように芸術として表現したのかについてご紹介します。「何」を「どのように」表現したかをヤン・ミナ氏の作品に込められた芸術的ナラティブに沿って説明します。データの詩的表現、すなわち「Poetic Computation」を目指すNCの新たなチャレンジにご注目ください。
当作品はセクション別に異なるデータを使用しました。いずれもNCゲームと関連するデータで、ゲームユーザーの経験データ、フラクタルのアルゴリズムを構築するコーディングデータ、モーションキャプチャによるモーションデータなど種類も様々です。多量のデータと技術力がアートになるまでの流れをご紹介します。これによりNCのチャレンジに深く共感していただければと思います。
データの繋がり合いがNCの歴史を示す「NC The World」
「NC THE WORLD」はゲームに蓄積されたユーザーデータを用いました。ユーザーの経験がそのまま残っているこのデータには大きなストーリーがあります。作品の最初に登場する5つのユニバースはNCの代表IP(リネージュ・リネージュ2・タワー オブ アイオン・ブレイドアンドソウル・リネージュM)のキャラクター作成データを視覚化したものです。各IPができた時期やデータの蓄積量が異なるため、ユニバースのサイズと登場する順番もそれぞれ異なります。
5つのユニバースの中に入るとユーザー関係データで作られたネットワーク・アートが登場します。これは2019年1月1日から2019年9月30日までの各IPの本番サーバーで起きた血盟、バトル、取引などユーザー間の関係性に関連する生データ(Raw Data)を使いました。
このデータはSource、Target、Weightの全3種類で構成されています。SourceとTargetはユーザーIDを数字とローマ字に置換したもので、両データが結ばれる力がWeightです。一つのSourceがいくつのTargetとどれくらい多くの関係、つまりWeightを持つのかに応じて視覚的表現が変わります。
左から 1)パーティー / 2)バトル / 3)取引ネットワークデータ
関係データは一定時間ごとに変わります。それで設定時間の長さを調整してデータの軌跡を見やすくしました。最初は1秒(30frame)あたり5日で計算しました。すると1日は0.2秒なので1日間のデータが0.2秒の間に表示されます。その結果、1年間のデータがあっという間に流れてしましました。動画の尺を考慮して1日を4時間単位で分けて1日に6回表示されるように設定しました。まとめると、1秒は5日で、0.2秒は1日、4時間は0.033秒です。0.033秒ごとにアートに表示される数字が変わるように設定し直しました。
おもしろいのは明け方のように関係データ量が少なくなる時間帯とアクセスが増える時間帯が違うため、数字の増減は一定ではなく多彩な変化が続きます。
世界観の根源を追い求めるアルゴリズム「マンデルバルブ」と「メンガーのスポンジ」
次のセクション「THE ORIGIN」はジェネレーティブアート(Generative Art)*の一種です。ゲームグラフィックスの歴史に欠かせない概念のデモシーン(Demoscene)文化を受け継いだ作品で、ゲーム開発の根源を探求します。
*ジェネレーティブアート(Generative Art):自律システムによって全体、または部分的に作られた芸術作品
本セクションではゲームによく取り入れる人工生命のアルゴリズムとフラクタルのアルゴリズムを視覚化しました。その中でも主に「マンデルバルブ(Mandelbulb)」と「メンガーのスポンジ(Menger sponge)」を用いています。これらはゲーム開発において地形や環境制作時によく使用されるアルゴリズムです。
作品は現実の空間から始まり、アルゴリズムで作られた仮想の空間に入り込んで遊泳していきますが、最初に入るところはマンデルバルブが変化し続ける空間です。
マンデルバルブはマンデルブロ(Mandelbrot)の3次元アルゴリズムであり、発散しない数列の集合です。マンデルバルブで作った形の集合は自己相似性を持ちます。これは無限に分裂する視覚的特徴があり、マクロとマイクロを往来する空間的変更を表現します。
*マンデルブロ(Mandelbrot):数学者ブノワ・マンデルブロが考案したフラクタルの一種で自己相似性があり、集合内と外の二つの領域に意味を持ちます。このようなマンデルブロ集合に色をつける手法を利用したフラクタルアートもあります。
次に進むとメンガーのスポンジ(Menger sponge)で作られたキューブの集合体が規則的に動く空間が出ます。メンガーのスポンジは9個単位で無限に自己分裂するキューブの集合体です。エルサレム・キューブ(Jerusalem cube)とも呼ばれますが、それ以外も数々の異名があります。因数を変えたり、数式をアレンジして巨大なリアルタイムの都市構造などを制作する時に使われます。
上記フラクタルのアルゴリズムを視覚化するためのWorking Toolはフーディニ(Houdini)を使用しました。フーディニは「SideFX」社が開発した3Dプログラムです。最近のハリウッド映画に出る爆発、火炎、煙、砂、流体などの特殊効果はほとんどこのツールで作られたと言っても過言ではありません。
建築モデリングの場合は単体でモデリングするのではなく、アルゴリズムを組んで基本構造をデザインしてからパラメータを調整して都市全体を一気に作成します。ゲームでもこのツールを使って特殊効果や地形などを制作します。
命を吹き込むモーションデータ「COEXISTENCE」
セクション4「COEXISTENCE」にはゲーム内のキャラクターとユーザーを象徴するオブジェクトが登場します。オブジェクトの形は各キャラクターの特徴をモチーフにしました。例えば、多彩なカラーの液体物性2体が一緒に動いて一つの絵を完成するシーンがありますが、その派手なオブジェクトは「タワー オブ アイオン」の「ビビッドウイング」のスキルとビジュアルをモチーフにしたものです。また、「リネージュ2M」の「トール」の特徴でもあるアーチャーを表現するために弾力のある弓をモチーフにして緊張感のある動きを演出しました。
各キャラクターのモチーフと実体化したシーン。エイルナ、トール、ビビッドウイング
生きているような動きはモーションキャプチャの技術を利用しました。キャラクター3体の特徴的な動きをモダンダンサーが創作ダンスにして表現し、それをモーションデータにしました。豪快で明確な動作で動きの精度を高めましたが、その分ディテールがきれいに表現できなかったので現場で何度も修正しました。
モーションデータは3Dツールを通して新たなオブジェクトとして再誕生します。データは全部で2回加工しました。モーションデータが組み込まれた3Dモデルをブラッシュアップしてデザインしたグラフィックを乗せると新しいオブジェクトに変換されます。ゲームのキャラクターにモーションを入れるプロセスと似ています。
『次元の混合(Mixed Dimension)』で使用したデータと加工プロセスについてご紹介しました。はじめにお話したデータの詩的表現(Poetic Computation)がどのように実現されたのかについて興味を持っていただけたら幸いです。NCは「NC ART PROFECT」を通じてゲーム内の世界をこれからもアートで表現していきます。このチャレンジにより新しい創造のインスピレーションとなる「創造の好循環」を作り、「ゲームアート」という一つのジャンルとして定着させていきたいと思います。